差別はなくならない、これまでもこれからも [フルートベール駅で]

2013年 アメリカ

あらすじ

 2008年の大晦日。黒人の若者オスカーは2週間前に仕事をクビになったことをことをパートナーのソフィーナに打ち明けられなかった。彼女を職場まで送った後、前の職場に行き店長にまた雇ってほしいと頼むが聞き入れてもらえなかった。帰宅し、これからどうやって娘を養っていけばいいのか思い悩んだオスカーは再びヤクを売るしかないと考え、顧客に電話をかけた。

 前の年の大晦日、彼はサンクエンティン刑務所に収監されていた。面会にきた母親からもう来ないと言い渡された。ついオスカーは母親を詰ってしまったが、すべては自分が蒔いた種だった。ヤクの取引場所の海辺でそんなことを思い出していると、顧客がやってきた。思い直したオスカーはヤクはないと嘘を吐いて別れた。

 仕事を終えたソフィーナを迎えに行き、一緒に住もうと誘うが、ハッパをやめたらとやんわりと断られた。オスカーは彼女に2週間前にクビになったことをようやく打ち明けた。それを聞いてまたヤクの売人を始めるのではと疑う彼女に、ヤクは全部捨てたと更生を誓った。

 オスカーはソフィーナとタチアナを連れて母親の誕生日を祝うために実家へ向かった。親戚が集まり楽しい晩餐のひとときを過ごした。その後、オスカーは仲間たちと市街地まで年越し花火を見に行く約束をしていた。車で行くつもりだったが、飲酒運転を心配した母の忠告に従い電車で行くことにした。駅で仲間と待ち合わせ電車に乗ると、車内はお祝いムード一色で、乗客は皆楽しそうに騒いでいた。

 年越しイベントを満喫した後、オスカーたちは帰りの電車に乗った。車内は興奮さめやらぬ人々で満員だった。そんな車中でオスカーはかつて敵対していた男と偶然はちあわせた。オスカーは男の挑発に乗らず、次の停車駅~フルートベール駅~で逃れるように仲間とともに下車した。ちょっとした小競り合いがあっただけだった。しかし、騒ぎを聞きつけた警官が駆けつけてきた。そして、オスカーたち黒人をホームに並んで座らせた。まるで犯罪者かのように。そして、一人の警官がはずみでオスカーを銃で撃ってしまった。オスカーは「撃たれた、娘がいるのに」と呟きながら崩れ落ちた。病院に救急搬送された彼は、母やソフィーナ、そして仲間達が祈る中、懸命の救命治療を受けるのだが、内出血が止まらず息を引き取った。

 後日、そのときの様子を撮影した動画が拡散し、暴動が発生した。

 オスカーを撃った白人警官は殺人罪に問われたが、テザー銃だと思って発砲したという主張が考慮され、わずか2年の懲役刑となり、11ヶ月で釈放された。

感想

 決して軌道に乗っていたわけではなかったけれど、更生を目指し穏やかな生活を送っていたオスカーが、故なく犯罪者扱いされた挙句に故なく銃で撃たれてしまう、それはただ彼が「黒人」だったからだと、全米で黒人差別に対する抗議運動のきっかけとなった事件の映像化した作品です。

 アメリカの人種問題、とりわけ白人とそれ以外の人種間の問題は、マグマだまりのようにいつ爆発するかわからない危うさを感じます。今でも黒人が白人警官に加えられている動画が拡散し抗議運動などが繰り広げられたというニュースが流れることがありますよね。逮捕された人が犯罪を犯したのかとか警官側に正当防衛なり緊急避難が必要な事情があったのかといった点はほとんど着目されず、「白人が黒人に対して酷いことをした」という論争に一気に飛躍する辺りに問題の根深さを感じます。

 私たち日本人は他の人種と交わる機会が少ないから感じることはあまりありませんが、黄色人種(決して日本人=黄色人種と言いたいわけではありません)も欧米に身をおけばマイノリティーであり、黒人と同様に(場合によっては黒人の皆さんからも)差別される側となる可能性が高いというのが現実です。なので、こういった作品を観たときに同情するんじゃなくて、我が身にも起こりうることと危機感を抱かなければならないと思いました。「差別があってはならない」「差別するべきではない」というのは相対的弱者の主張であって、優越的立場にある人にとっては「差別して何が悪い」というのが本音です。どんなに口先で美辞麗句を並べても、人間が生物である以上、無意識のうちに上下関係を作り出してしまうのは性(さが)だというものでしょう。そういった現実を直視しないと我が身を守ることはできないのだと思います。お互い気をつけましょう。

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