ただただ美しい、あるイタリア人の人生の回顧録 [ニュー・シネマ・パラダイス]

1988年 イタリア

あらすじ

 有名な映画監督サルヴァトーレの元に、永く帰省していない故郷の母からアルフレードの訃報が届く。
 夜ベッドの中でサルヴァトーレは故郷での日々を回想する。

 ……小さかったサルヴァトーレ(トトと呼ばれていた)は映写技師のアルフレードに憧れ、毎日彼の仕事場に遊びに行っていた。当時は教会の力が強く、公開前の作品は神父が事前にチェックしてキスシーンなど扇情的なシーンがあるとアルフレードにカットさせていた。そしてカットされたフィルムをアルフレードに見つからないように家に持ち帰るのがトトの習慣だった。映画が大好きだったトトにとって本物の映画フィルムは貴重な宝物だったのだ。
 ある日、映写中のフィルムが発火して火災になり村の映画館は全焼、アルフレードも大やけどを負って失明してしまう。当時のフィルムはセルロイドで、映写機の熱で燃え出す事故が少なくなかった。村の唯一の娯楽の映画館がなくなり皆落胆するが、村人の一人が偶然サッカーくじに当たり、その賞金で映画館は建て替えられた。そしてトトがアルフレードに代わって映画技師を勤めることになった。村人達は以前のように映画館に集い映画を楽しんだ。トトは憧れの映画技師として皆の役に立てることが嬉しかった。

 やがて青年になったトトにアルフレードは「お前はこの村のことを忘れろ、別の場所に行って前に進め。二度と帰ってくるな」と命じた。アルフレードはトトが片田舎で人生を終えるべき青年ではないことを見抜いていたのだ。トトことサルヴァトーレは、アルフレードの言葉に従って故郷を去り、二度と帰郷することはなかった。そしてローマで映画監督として成功を収めたのだった。

 ……母からの知らせを受けて、サルヴァトーレはアルフレードの葬儀に参列するため30年ぶりに帰郷した。葬儀の途中広場を通りかかると、かつて村人たちが集っていた映画館が閉館して廃墟になっていた。同行者からビデオの普及で映画を観る村人がいなくなったのだと教えられた。

 葬儀を終え、映画館の取り壊しを見届けたサルヴァトーレはローマに帰った。その手にはアルフレードがサルヴァトーレの母に託した1本のフィルムがあった。サルヴァトーレは独り映写室でそのフィルムを再生した。スクリーンに映し出されたのは……

クリックするとラストが表示されます(ネタバレ注意!)
幼き頃のサルヴァトーレがこっそり持ち帰って集めていたキスシーンのフィルムをアルフレードが繋ぎ合わせてくれたものだった。それ観て脳裏に芳醇な幼少時代が鮮やかに蘇ったサルヴァトーレはあふれる涙を止めることができなかった。

感想

 不朽の名作の一つ。
 粛々と真っ直ぐに紡がれる回顧録。この作品には伏線やひねりは一切ないし悪人も出てこないけれど、美しい思い出にそんな存在は邪魔者でしかないので、私はこの雑味を取り除いたピュアな展開が正解だと思います。
 アルフレードからの助言がなければ、きっとサルヴァトーレは一生故郷を離れることなく、アルフレードの後継ぎとして村の映画技師になっていたでしょう。そして、もしサルヴァトーレがそういう人生を歩んだとしても、きっと彼は幸せだったと思います。結局、幸せかどうかなんて、他人からどう見えるかじゃなくて、自分自身がどう感じるかですから。人が羨むような富と名声に恵まれていても、本人は満たされず虚しさに押しつぶされている、なんてこともよくある話です。
 とはいえ、たとえ本人は疑問を感じていなくても、せっかくの才能を活かしていない若者を見かけると惜しいなぁと、おせっかいだと思いながら「そこはあなたがいるべき場所じゃないよ」って教えたくなります。少年漫画によく出てくる主人公の才能を見抜く師匠なんかそうですね。この作品の中では、その役がアルフレードでした。若者に今いる世界よりも広い世界があることを教えてあげられるのは大人だけ。そして、そんな大人にいいタイミングで巡り会えない若者もたくさんいます。まさに「千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず」です。
 少し脱線しましたが、最後のシーンのサルヴァトーレの姿を見て、あなたの胸中に込み上げてくるものがきっとあるはず。是非一度観てください。

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。あなたの感想も教えてください!

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