ハイタッチで世代交代できる幸せ [ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた]

2018年 アメリカ

あらすじ

 かつて、今は亡き妻とともにミュージシャンとして活躍してたフランクは、今は中古レコード店をやっていた。しかしフランクの日常は味気なく虚しかった。過去を忘れられないフランクは、妻の忘形見の娘のローズと一緒に、もう一花咲かせたいと思っていた。ローズには生来の音楽の才能があった。しかし、ローズは音楽ではなく医学部進学を目指していた。勉強に打ち込むローズを渋々付き合わせ楽曲を作ったフランクは、「バンドじゃない」というバンド名でネットにアップしてみた。彼女の歌声は、すぐに話題になった。

 その反応に気を良くしたフランクは、「バンドじゃない」の活動計画を作り、ライブの準備も進めた。思い切って店も閉めることにした。そしてローズに本格的なバンド活動を始めようと誘うが、バンドはやらないし、やるとしてもフランクと一緒にやる気はないと拒絶されてしまった。彼女は既に親離れして自分の人生を歩み始めていたのだ。フランクはそんなローズの態度を反抗的だと憤ったが、やがて自分も「子離れ」しなければならない時期にきたことを察した。

 ローズの提案で、店の閉店日に「バンドじゃない」の最初で最後のライブを演った。それは、親子がそれぞれ別の人生を歩み始めるハイタッチでもあった。

感想

 若き日の輝きは失われ、このまま老い朽ちていくと諦めていた人生に再起のチャンスが訪れますが、そのチャンスを掴むためには我が子の力を借りなければならなかった。しかし、子供はいつまでも子供のままではなく、立派に成長していた。それに気づいた時、フランクは再起のチャンスなど錯覚に過ぎなかったことに思い知らされるのです。

 結局自分にはチャンスが訪れることがないと悟った時のフランクの気持ちは、以前と同じように虚しさに支配されていたでしょうか。私は違うと思います。現状を打破すべくもがいた後に訪れた「達観」が、彼の人生にはこれまでと別の角度から射し込む光を与え、その光が新たな喜びを浮かび上がらせたと思うからです。そしてその新たな喜びが再び彼にチャンスを与えるかも知れません。人生から“引退“しなければ、死ぬまでチャンスと巡り会う可能性があるはずだからです。

 少し哲学的な感想になってしまいましたが、作品自体は飾り気も誇張もなく等身大の日常を描いていた心地よい仕上がりになっています。監督(または製作陣の誰か)がトム・ウェイツが好きなんだろうなと思わせる、小技もあります。彼のアルバム「RainDogs」は確かに傑作ですね(BoneMachine以降のトム・ウェイツは音楽界のキュビズムのようで私には難解です)。ということで脱線して終わります。

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