2009年 フランス
青年ビラルは、ロンドンへ一家で亡命した恋人ミナを追いかけてイラクを脱出し、3ヶ月歩き続けてフランスのドーバー海峡沿いの街カレまで辿り着いた。カレにはビラルと同じようにイギリスへ密入国しようとする多くのクルド人が滞在していた。ビラルは仲間とともにトラックの荷台に潜伏してイギリス入国を試みたが、失敗に終わり逮捕された。
初犯ということもあり釈放されたビラルは、ドーバー海峡を泳いで渡ろうと思い立ち、スイミングスクールに通い始める。そこでコーチをしていたのが、元金メダリストのシモンだった。シモンは長年連れ添った妻と離婚調停を進めていた。
最初はろくに泳ぐことができなかったビラルだったが、昼夜を問わず練習を続け瞬く間に上達していった。そんな熱心なビラルの姿を見守るうちに、いつしか情が移ったシモンは彼を自宅に招いた。不法滞在のクルド人を匿うことは犯罪だったが、シモンにはどうでもいいことだった。
ビラルに対して息子のように愛情を感じるようになっていたシモンは、彼に自殺行為に等しいドーバー海峡横断計画を断念させたかった。しかしビラルの決心は揺るがなかった。恋人に会うために4000キロ歩き続け、海峡を渡ろうとする彼の姿を見て、シモンは目の前にいる妻すら引き止めることができない自分が不甲斐なかった。
ビラルがシモンに借りた電話でニナの家に電話をかけると、彼女の父親から「もう電話をするな」と切られてしまった。ビラルはショックを受けるが、その後ニナ本人からかかってきた電話で、彼女が親の言いつけでレストランの経営者と結婚することになったことを知らされた。
いてもたってもいられなくなったビラルは、シモンに黙って密かに冬のドーバー海峡に泳ぎ出した。しかし5時間後に漁師に救助され、警察に逮捕されてしまった。
そしてまたシモンにニナから電話があった。ビラルに「結婚するからこないで。フランスにいて」と伝言を頼まれた。シモンが釈放されたビラルにその伝言を伝えると、ビラルはシモンの前から姿を消した。
感想・コメント
本作の原題は「WELCOME」ですが、それを皮肉った内容となっています。密入国者は全く歓迎されていないからです。そして不法滞在者として十把一絡げにされ、鬱陶しく邪魔な存在にしか思われていません。しかし集団ではなく、そこにいるひとりひとりの人格を見遣ると全く違う感情が湧いてきます。国籍や人種など大した違いではなく、同じ人間なのだと分かった瞬間「情が移る」のです。この作品は、それをうまく描写しています。難民を扱った作品は特にヨーロッパでよく製作されています。それだけ社会問題化しているということでしょう。そしてまた本作を含めそれらの作品から発信されるメッセージはどれも「お互いを1人の人間として理解し合えれば、もっといい社会になるのではないか」というヒューマニズムの必要性です。それでも人間というものは、他人を人間としてではなくカテゴリ分けしたがるんですよね。そちらの方が楽なので。決して冷淡というわけではなく、自分以外の人格を理解して受け入れるということはすごくエネルギーを遣って大変なので仕方がないんですよね。
さて本作の主人公ビラルはクルド人です。聞いたことはありますが、実のところあまりよくわかっていませんでした。付け焼き刃ではありますが、この記事で少しだけ勉強しました。
本作に出てくるイギリスを目指すクルド難民が死亡する事故は現地でも度々ニュースになるようです。
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